第9回|努力を見せないと価値がないと思っていた私の思い込み

私は、かけた時間で価値を示そうとしてきました。

糸を何重にも重ねて、
空間いっぱいに張り巡らせて、
この量、
この時間、
この積み重ねを見てほしい、と。

努力が見えれば、
私の深さも伝わると思っていたのです。

でもある日、言われました。

「かけた時間を見せるのって、いらなくない?」

その言葉に、すぐには何も返せませんでした。

時間は、私にとって盾のようなものでした。
時間があれば、浅いとは言われない。
時間があれば、軽く扱われない。

でも、もしその盾を持たないとしたら。

私は、何で立てばいいの?

もしかしたら、
私は知らないうちに
“努力”で自分を守っているのかもしれません。

写真、映像は2024.哲学たいけん村無我苑での個展にて
『航海』
犬飼裕哉さん(ピアノ演奏)有馬佑治さん(映像)宮嵜 祥子(せんい作品)のコラボ作品

犬飼裕哉さんの即興演奏

【3】『航海』宮嵜 祥子

【第8回】浅いと思われるのが怖かった私が、証明をやめ始めた理由

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